フィクション小説 天国からの、警告 !! 《 Warning from heaven 》
フィクション小説 《 風になって・・ 》
歌詞カード

第 21 話

出発前日の夜、最近の日課となっている、あかねちゃんがやってきた。

  内緒だぞ・・

 俺の好物、リンゴを持ってくる時は、みんなが、決まって、こう言う。

 競走馬にとって、メタボは禁物だが、たまにのリンゴ1個、

 そう気にするものでもない。

 しかし、そう言いながら、持ってきてくれる、その人の、その気持ちが、

 俺は嬉しかった。

 あかねちゃんは、努めて、明るく振舞っていた。

 生まれた時からの思い出話は、いつになく、長くなった。 

 厩舎の入り口で、リンゴを持ったケン君がいたことを、俺は知っていた。 

 彼も、俺と、話しがしたかったのだろう。

 午後の調教を、おやっさんに譲った、あかねちゃんといい、 

 今、気を使って、入ってこないケン君といい、

 人を思いやる気持ちに、俺は熱くなった。

  俺は、俺を思っていてくれる人のことを、大切に思っていただろうか・・

 前世の反省は、今、こんな形で、付き付けられた。 

  ♪人の心は あたたかいのさ 明日は もういちど ふれたいな
     【吉田拓郎 どうしてこんなに悲しいんだろう】

 なつかしい歌が、俺の頭の中を、駆け巡っていた。

 あっ、もうこんな時間・・ と言って、あかねちゃんは、立ち上がり、

 俺の正面に立った。

  離れていたって、いつも一緒だからね・・

 そう言って、笑って敬礼をした、あかねちゃんの目には、涙が潤んでいた。

 くるりと背を向け、出口に向かって歩き出したあかねちゃんを、

 俺は、ずっと見ていた。

 その姿が消えるまで、あかねちゃんが、振り返ることはなかった。

 彼女は、その意志を、その態度で表したのだろう。

 次の日の朝の調教は、出発の日ということとは関係なく、

 いつも通りに、坂路に始まり、ゲートからの3ハロンを2本、

 3頭の併馬を1本、おかまいなしに行われた。

 レースまで、あと1ヶ月ということもあるが、それ以上に、

 デビュー戦とはいえ、ただの通過点・・ との、指示が出ていたようだ。

 ただ、いつもと違っていたのは、おやっさんが、腰が痛いと、

 あかねちゃんに、調教を指示したことだ。

 加藤さんも、別の馬に乗るからと、断った。

 ケン君は、併馬に乗るからと、みんなが俺に乗るのを断った。

 えっ・・ と言うあかねちゃんは、時間だから・・ の言葉に急かされ、

 乗らなければならない状況になった。

 しかし、俺は、見てしまった。

 腰が痛い・・ と言った、おやっさんが、柵を飛び越え、走っていく姿を・・  

 あかねちゃんも、薄々は勘付いていたであろう。

 調教を終えた後、俺は、海の見える、牧場の小高い丘に向かって、

 歩き出した。

 あかねちゃんは、それが判ったのだろう、無理に制せず、

 走りを指示した。

 一気に駆け上がった。

 8月の太陽に照らされた海は、キラキラと輝き、綺麗だった。

 海からの風は、爽やかだった。

 俺は、その風景を、頭に叩き込んだ。

 いつか、戻ってくる日のために・・

 あかねちゃんも、その景色を、ずっと見ていた。

 辛い時には、この景色を思い出そう。

 それは、暗黙のうちに、ふたつの心に、刻まれた。

 俺は、その景色に、背を向けた。

 行こう・・ あかねちゃんの、優しい言葉が、聞こえた。

 

馬運車に乗る時は、みんな、笑顔だった。

 示し合せたように、湿っぽさは、少しもなかった。

  G1に勝たないと、戻って来れないぞ〜

 と、ケン君が、冗談を言うほどの、明るさがあった。

 俺は、馬運車に乗る前に、もう一度振り返り、みんなの顔を見た。

 加藤さん、ケン君、おかみさん・・ そして、あかねちゃん。

 ここで生まれて、本当によかった。

 一人一人にお礼を言って、俺は、決意を固めた。

  必ず、戻ってこよう・・

 同行は、おやっさんがする。

 しかし、それは、角井調教師や、新しい厩務員さんへの、

 引継ぎの連絡をするためのもので、それが終れば、すぐに戻ってくる予定だ。

 馬運車が動き出すと、あかねちゃんは、自転車に乗り、

 あの、小高い丘に、急いだ。

  ドム〜 ドム〜・・

 ただ、名前を連呼しただけだったが、何が言いたいのかは、判っていた。

 小さな小窓から見える、その姿に向かって、俺は嘶(いなな)いた。

 ・・・

 札幌に着くと、待ち構えていたように、角井調教師が、出迎えてくれた。

 車を降りたおやっさんに、お疲れ・・ と、握手をして、労った。

 その横から、小柄なおじさんが、帽子を取りながら、

 影山です、よろしくお願いします・・ と、手を差し伸べた。

  こちらこそ、お世話になります・・ 

 おやっさんは、丁重に、挨拶をした。

 その横から、金井です、どうぞよろしく、お願いします・・ と、

 ケン君よりかは、年は上だろうが、まだ若い青年が、挨拶をした。

 おやっさんは、その青年に対しても、丁重に挨拶をした。

 角井調教師は、

  うちの、最高のスタッフを、付けさせてもらうよ・・

 と、力強く、言った。

 俺が馬運車を降りたのは、それからだ。 

 真横から、角井調教師が、俺を見ていた。

 そして、その前で、更に鋭い視線で見ていたのは、影山さんだった。

 おやっさんや加藤さん、角井調教師に見られた時と同じ感覚を持った。

 見ているのは、体だが、その奥、骨までも見通すような、視線であった。

  いい馬だ・・

 そう言った彼は、俺の前に来て、俺の顔を両手で挟み、

  ドム、よろしくな・・

 この人も、俺をドムと言った。

 その瞬間、俺は首を振って、それに応えた。

  ジュン、ブラシ掛けてやってくれ・・

 打ち合わせが終ったら、俺もすぐ行く・・ と、金井さんに指示を出した。

 3人は、事務所へ歩き出した。

 影山さんが、その会話の口火を切った。

  今日の朝、武田君から、電話があって・・

 と、全休の月曜日、朝にも関らず、ドムを頼みますと、

 言ってきたらしい。

  あいつも、来たかっただろうが、小倉での仕事があるらしい・・

 あいつが、わざわざ、電話をよこす位だから、相当な馬だろうと思っていたけれど、

 さっき見て、判ったと、影山さんは、ニガ笑いをした。

 おやっさんは、それを聞きながら、少し、安心をしたらしい。

  ドム、俺をジュンと呼んでくれ・・

 金井さんは、ブラシを掛けながら、俺に話しかけた。

 怪我すんなよ・・ と言いながら、丁寧に、ブラシを掛けてくれた。

 俺を思ってくれる人達は、みんな、勝て・・ とは言わない。

 ガラスの脚・・ と、サラブレットを総称するように、

 骨折の程度にもよるが、命を落とす馬も多い。

 勝っては欲しい・・ が、それ以上に、無事であってくれ・・ と、

 願うのが、馬を愛する人達の、本当の気持ちなのだろう。

 しかし、競走馬は、ペットではない。

 勝たなければ、生き残れないのも、現実だ。

 その現実に向かって、俺はもう、歩き出している。

 デビューまで、1ヶ月を切った。

 

■ 【ガラスの脚】 ・・ 
     馬は、精神的な部分だけでなく、肉体的にも、デリケートな動物です。
     450〜500kgもの体重を、その細い、四肢で支えます。
     単純な、脚の骨折の場合は、固定をして、完治することが出来ますが、
     複雑な骨折の時には、ほとんどが、予後不良となります。
     それは、馬という動物が、立っていなければ、内蔵疾患を起こし、
     死にいたるためで、骨折の完治までには、生存が難しいためです。
     
     また、競馬場のパドック等で、暴れたりする馬がいますが、
     それは、見慣れぬ観衆や、カメラのシャッター音等に、驚くためです。
     聴覚が優れているためのもので、その点の配慮は、
     ファンならずとも、心がけたいものです。
 
◇参考資料・・ ホームページ 愛知県 乗馬クラブ
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