フィクション小説 天国からの、警告 !! 《 Warning from heaven 》
フィクション小説 《 風になって・・ 》
歌詞カード

第 25 話

水曜日、追い切りが行われた。

 調教と、大して変わりはないが、レースを想定しての、調教というところだ。

 武田騎手は、いつものように、

  いい天気だな・・

 と、言うと、この競馬場も、最後かぁ〜 と、昔話を始めた。

 それを聞いていた俺も、妙に、リラックスをしてしまった。

 そんなこともあったのか・・ と、ドラマでも見ている気にもなった。

 彼は、それが目的だったのだろうか。

 いつもより多い、報道や専門紙の記者達、

 そして、カメラが、こちらを狙っていることなど、気にもならなくなった。

 それは、柵の向こうの世界であって、こちらには、関係のないこと。

 そんな気持ちにさえ、なっていた。

 しかし、彼が乗る時は、いつもこうだった。

 彼もまた、時に、うざったい、そんな雑踏を、忘れたかったのかもしれない。

 マイクを向けられれば、何か答えなければならないし、

 カメラを向けられれば、笑顔なり、ポーズを取らなければならない。

 騎手とはいえ、競馬を支える、大切なスターなのだ。

 人気商売を、糧とするならば、避けられない現実がある。

 スタートをする時も、彼は、じゃ、行くか・・ と、何処かに、散歩に行く時と、 

 変わりはなかった。 

 今日は、単走で行うとのこと。

 目標とする馬もいない。 

 つまり、俺は、彼の指示通り、走ればいいということだ。

 目標があれば、それを交わそうとするのだが、その目標もない。

 気楽な気がした。

 彼は、勝負服と同じジャンパーを着ていた。 

 俺には、他馬を気にしないようにと、

 同じ柄の、ブリンカーが付けられた。

 350度の視界が、ぐっと狭まった。

 初めて装着するブリンカーに、興奮しないようにとの優しさが、

 想い出話になったのかもしれない。

 俺を、ぐるっと廻して、周りの景色を見せてから、

 彼は、やんわりと、スタートを指示した。

 同じ柄の、ジャンパーに、ブリンカー。

 目的とする者には、見やすい標的となる。

 ざわ付いていたスタンドが、静まり返った。 

 向こう正面の中程から、スタート。

 最初は、馬なりで走れという指示。

 3コーナーを廻り始めた時、彼は、手綱をしごいた。

 俺は、徐々に、スピードを上げていった。

 コースを、中程より、少し、外目に取っていた。

 狭い札幌競馬場では、ラチ沿いに走らせれば、

 俺のスピードでは、外に膨れるとの、判断があったようだ。

 4コーナーを廻ったところで、尻に鞭が1発。

 俺はスピードを最大にして、ゴール板を過ぎた。

 オ〜 という歓声は、コーナーを廻りながら、

 スピードを緩めた時に聞いた。

 彼は、俺の首を叩きながら、いいぞ・・ と、声を掛けてくれた。

 そして、ニヤッ・・ と、笑ったはずだ。

 俺には、そう感じた。

 出口で待っていた影山さんに、俺を預けると、

 柵を飛び越えて、スタンドの方に、歩き始めた。

 それを目掛け、報道関係者が、塊を作った。

 影山さんは、あいつは、偉いな・・ と、呟いた。

 その意味が判らないジュン君に向かって、

  このまま、ドムに乗っていたら、ドムまで、巻き込むだろ・・

 ア〜・・ と、ジュン君は、その行動を、遅かりしながら、評価した。

 本当は、俺も、そうだった。

 早く、俺を休ませる為と、ストレスを与えない為だと、その言葉で判った。

 改めて、彼が乗ってくれることに、感謝した。

 前人未到の4000勝に、少しでも役に立ちたいと思った。

 振り向いたら彼は、その塊の中で、俺のために、笑っていてくれた。

 

ありがとうございました・・

 武田騎手の言葉で、その塊は、散らばって行った。

 一方、関係者の詰め所の前では、角井調教師が、同じ状態にあった。

 終った追い切りや、その後の関係者のコメントによって、

 専門紙の印も含め、予想が変わるものだ。

 角井調教師は、矢継ぎ早に、浴びせられる質問に、

 淡々と、答えて行った。

 最後に、デカデカと、載せてよ・・ と、周囲の笑いを誘って、

 それを終えた。

 厩舎に引き上げて来た、角井調教師に、影山さんは、労いの言葉を掛けた。

  俺も、スターだな、歌でも出すか・・

 ジュン君の、無理無理・・ の言葉が、二人の、更なる笑いを引き出した。

 その笑いに向かって、お疲れさんです・・ と、武田騎手も加わった。

 笑いの説明を聞くと、ジュン君、正解・・ と、その笑いを継続させた。

 追い切りに関しては、打ち合わせ通りということだろう。

 早すぎましたかね・・ という、武田騎手に向かって、

 いやいや、あれがドムだ・・ と、角井調教師も、納得のようだ。

 けど、凄かったな・・ と付け加えたことで、角井調教師も、

 日々進化する俺に、少し、驚いていることが判った。

 そして、

  これで、少しは、減るだろ・・

 彼らが決めた作戦は、この言葉にあったようだ。

 登録は、18頭。

 いつか、経験をしなければならない頭数とはいえ、

 レース未経験の段階では、出来れば、少ない方がいい。

 不慮の事故もある。 

 また、デビュー戦なら、尚のことである。

 勝って、クラスを上げて行かなければならないのは、どの馬も同じ。

 また、来年の、3才クラシックまでに、

 多すぎるレースに、出走はさせたくないのも、皆同じである。

 勝てないと判るレースは、回避をしたいものだ。

 この追い切りのパフォーマンスは、調教や、確認の意味だけではなく、

 他に向けての、アピールの意味もあったのだ。

  コースは、やっぱり、あそこがいいのかな・・

 という、角井調教師の問いに、武田騎手は、

  早いですからね・・ それと、右回りは、膨れる可能性も、ありますから・・ 

 と、冷静に分析をした。

 騎乗方法に関しては、26年の経験と、数々の記録を塗り替えている、

 彼に一任をしている。 

 また、その目に、狂いはないと、信頼も置いている。

 あとは、枠か・・ の言葉に、そうですね・・ と、言った彼は、

  でも、どの枠でも、たいして、変わりはないはずです・・

 と、頭の中では、デビュー戦の仮想は、出来ているようだった。

 頼むな・・ の声に、はい・・ と答え、その輪は解かれた。

 お疲れ・・ と俺に声を掛けた彼は、グルリと、俺の周りを歩いて、

 俺の体をチェックした。

 大丈夫ですよね・・ と、影山さんに問い掛け、

 もちろん・・ の言葉を貰うと、またな・・ と、次の仕事に向かった。

  ドム、ご飯だぞ・・

 と、ジュン君が、カイバを持ってきた。

 あんな作戦もあるんだな・・ と、食べている俺に、話し掛けた。

 彼もまた、将来は、調教師を目指している。

 経験を積むことは、当然ではあるが、本には書いてはいない、

 そんなことは、何気ない会話の中から、知ることになる。 

 お〜、冷やすぞ・・ と、影山さんの声に、ハイ・・ と、走り去った。

 戻ってきた二人は、冷凍剤の付いたヴァンテージを、四肢に巻いた。

 プロのスポーツ選手がするように、過度に使った筋肉は、 

 クールダウンをするのが、適切な処置である。

 レース同様の追い切りは、それに匹敵した。

 木曜日は、比較的、軽めに調教は行われた。

 通過点とはいえ、その疲れを考えてのものだ。

 その日も、武田騎手と、角井調教師の周りには、人だかりが出来ていた。

 その日のスポーツ紙の一面には、圧巻・・ の赤い文字が躍った。

 手にした4人は、してやったり・・ と、互いを見遣って、口を綻ばせた。

 きっと、おやっさんも、おかねちゃんも、そして、みんなも、安心しているだろうと、

 俺は、あの風景を思い出していた。

  みんな、元気だろうか・・

 金曜日、その出馬表は、発表された。

 

■ 【ブリンカー】 遮眼革・・ 
     馬が、前方に注目が出来るように、視野を狭くするもの。
     レース中に、他馬を気にする馬などに装着される。
     
■ 【シャドーロール】 ・・ 
     下方が見えないように、視野を遮るもの。
     自分の影や、脚の動きに、驚くような馬に装着される。
     
■ 【メンコ】 ・・ 
     物音に敏感な馬や、砂を嫌う馬の、耳や顔に装着される、覆面。
     通常は、耳覆いが付いているが、【鼻頭】と呼ばれる、それがないものもある。
     耳の動きを、観察できるほか、馬の聴覚を奪わずにすむ利点がある。
     
◇参考資料・・ ホームページ 愛知県 乗馬クラブ
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